テオ・ヤンセン展の砂が2月8日、「屋内の大地」プロジェクトに届いた(同プロジェクト提供)
福島県二本松市に2月初め、大分市誕生100年事業、大分合同新聞創刊125周年記念事業「テオ・ヤンセン展」で使った真っ白な砂を届けた。子どもたちが安心して遊べる屋内の遊び場を二本松市内につくる「屋内の大地」プロジェクトで役立ててもらうためだ。福島第1原子力発電所事故の影響で苦悩する同市や近隣地域を訪ね、事故発生から1年たった福島の今を見つめた。
空き店舗を利用
「智恵子は東京に空がないと言ふ、ほんとの空が見たいと言ふ」―彫刻家で詩人の高村光太郎は智恵子抄でこう書いた。光太郎の妻智恵子が「ほんとの空」と望んだのは古里、二本松市の安達太良山(あだたらやま)の上に広がる空だ。
同市は室町時代から江戸末期にかけて、二本松城の城下町として栄えた。ちょうちん祭りや菊人形展で知られる風情あるまち。だが原発事故後は、コメや乾燥芋がら、果ては新築マンションから放射性セシウムが検出されたという暗いニュースで「二本松」の名を聞くことが増えた。
福島第1原発から50キロ余り離れた同市中心部で、商店街の空き店舗を利用して子どもたちの遊び場をつくる「屋内の大地」プロジェクトが進んでいる。JR二本松駅に近いこの建物は1階が果物店、2階はスナックだったが、昨年3月11日の東日本大地震以降、相次いで閉店した。
せかせず支える
1階の入り口には大分から届いた袋詰めの砂3トンが積み上げられていた。テオ・ヤンセン展の海のゾーンに敷き詰めていた真っ白な砂。大分では、海のゾーンに展示されたビーチアニマルの横で、子どもたちが砂遊びを楽しんでいた。
二本松市では、放射性物質の見えない脅威におびえ、母親たちは子どもを安心して屋外で遊ばせることができない。「福島でも、子どもたちに真っ白な砂で遊んでほしい」。そう願いを込めて砂を送った。
屋内の大地では、同プロジェクト代表で建築家のアサノコウタさん(28)=福島市=が迎えてくれた。「全てが人力作業なので、砂場をつくるには、もう少し時間がほしい。子どもたちはきっと喜ぶ」。アサノさんは砂をすぐに利用できないことが、もどかしそうだった。
復興も同じ。支援する側は、被災地で再起しようとしている人たちを、せかせてはいけないと思った。(「テオ・ヤンセン展」実行委員会事務局長・編集委員 佐々木稔)
ポイント
テオ・ヤンセン展 昨年7月9日から9月30日まで、大分市美術館で開催。オランダのアーティスト、テオ・ヤンセン氏が制作した風を食べる生物「ビーチアニマル」を展示し、14万人余りが入場した。
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